『インドの街を駆け抜けた、あの車の名前を調べてみたら…』

こんにちは🎵YUNEです!

皆さんは、昔の旅行の思い出ってふとした瞬間に蘇ってきませんか?

特に、印象深い出来事や、

その時にしか出会えなかったものって、

時間の経過とともに美化されたり、

逆に鮮明になったりしますよね。

私にとって、そんな思い出の一つが、

今から26年前に娘と旅したインドでの出来事です。

当時、まだ若かった私も娘も、

何もかもが初めての体験で、毎日が刺激的でした。

特に、乗り物に乗るたびに「一体これは何なんだろう?」と、

その独特な雰囲気に驚いてばかりだったのを覚えています。

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26年前、インドで乗った謎の車

インドでは、移動手段として「リキシャ」よく利用していました。

そんな乗り物中で、特別な時に乗ったのが「車」

インドについて最初に乗ったのが「車」でした。

26年前には想像もつかない車だったんです。

でも、その車が何という車種なのか、

当時はあまり気にしていませんでした。

ただただ、目の前の光景に圧倒されていて、

それどころじゃなかったんですよね。

でも、最近になってふとその時のことを思い出し、調べてみました。

「あの車、一体何だったんだろう?」

そう思ったら、もう気になって仕方がない!ということで、

早速調べてみることにしました。

インドの国民車「ヒンドゥスタン・アンバサダー」

インターネットで「インド 昔の車」と検索してみると、すぐに答えが見つかりました。

なんと、あの車は「ヒンドゥスタン・アンバサダー」という車種だったんです!

この車は、イギリスの「モーリス・オックスフォード」という車をベースに、

インド国内で生産されたもので、1958年から2014年まで、

実に50年以上も製造されていたそうです。

インドでは「国民車」として親しまれ、

タクシーや政府の公用車としても幅広く使われていたとのこと。

まさに、私が乗ったあの車は、

当時のインドの日常そのものだったんですね。

なぜか懐かしさを感じる不思議なデザイン

ヒンドゥスタン・アンバサダーのデザインは、

どことなくレトロで、

どっしりしていて、

可愛らしい雰囲気を持っています。

丸みを帯びたボディに、大きな窓。

どこか安心感を与えてくれるような、

そんな不思議な魅力がありました。

26年ぶりにネットの画像で再会したこの車に、

なぜか懐かしさと温かい気持ちが込み上げてきました。

当時の私と娘を、様々な場所に運んでくれた相棒。

今でも、その時に感じた風や匂い、

そして娘の笑い声が蘇ってくるようです。

思い出の車との再会は、

私にとって、あの時の旅をもう一度追体験させてくれました。

当時のインドの車事情の特徴を調べてみたら

マルティ・スズキ(Maruti Suzuki)の圧倒的な存在感

1980年代からインド市場に参入していたマルチ・スズキが圧倒的なシェアを誇っていました。同社の小型車は、手頃な価格とメンテナンスのしやすさから、多くのインドの家庭にとって最初の車となっていました。

海外メーカーの参入

経済自由化の流れの中で、現代自動車(Hyundai)やトヨタなどの海外メーカーがインド市場への本格的な参入を開始した時期でもあります。

小型車が主流

道路事情や経済的な理由から、コンパクトで燃費の良い小型車が主流でした。

1999年頃の主な車種

マルチ・スズキ・ワゴンR(Maruti Suzuki Wagon R)

1999年にインド市場に投入されたワゴンRは、

広い室内空間と手頃な価格で人気を博しました。

背の高い設計は、インドのユーザーにとって乗り降りがしやすいと評価されました。

ヒュンダイ・サントロ(Hyundai Santro)

ワゴンRの主要な対抗車種として、

ヒュンダイが投入したハッチバック車です。

ヒンドゥスタン・アンバサダー(Hindustan Ambassador)

英国のモーリス・オックスフォードをベースにした、

クラシックなデザインの車です。

当時のインドでは高級車としての地位を確立しており、

政府関係者やビジネスエリートに愛用されていました。

タタ・インディカ(Tata Indica)

インドの自動車メーカーであるタタ・モーターズが開発した、

インド初の国産乗用車です。

技術的な特徴

パワーステアリングやパワーウィンドウは贅沢品

当時、パワーステアリングやパワーウィンドウといった装備は、

一部の高級グレードにしか採用されておらず、

多くの人にとっては贅沢な機能と見なされていました。

このように、26年前のインドの車事情は、

マルチ・スズキが市場をリードしつつ、

海外メーカーが本格的に参入し始めた過渡期であり、

現在のような多様な選択肢はまだありませんでした。

*この情報は個人で検索して情報を集めたものです。

専門的な方から見たら間違っているかもしれませんのでご了承ください。

YUNE
YUNE

新しい発見や、当時の感動が蘇ってきました。車好きの私は当時のインドの車にも釘付けでした。

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佑寧

佑寧(ゆね)
親子でアジアを旅して、『アジアン雑貨とアジアンヒーリングのサロン』を始めました。
アジアでの「雑貨買い付け」と伝統的マッサージを取得し、スクール経営と講師の仕事をしています。
好きな事から始めた仕事が、個人事業主から会社経営に変わり、好きな時に一人旅や親子で旅をしたりしています。
その情報を公開しています。

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